花梁鎮城(ファリャン鎮城)

文禄・慶長の役
石塁
韓国名  花梁鎮城 (화량진성)ファリャンジンソン
史跡指定 京畿道記念物第224号
所在地  京畿道華城市芝花里山90
築城年代 不明
築城者  不明
主な遺構 石塁、空堀、雉城、甕城

【占地】

 花梁鎮城は京畿道華城市の黄海(西海)沿岸にある臥龍山とその山麓にある。
臥龍山は標高107mの丘陵で、その南尾根ピークに城の最高標高地点(標高約75m)をもち、そこから東西に枝別れする尾根上に城壁が展開する。また、城壁が展開する二つの尾根を結ぶ城壁が平野部に築かれていたようだが、現在は滅失している。

花梁鎮城遠景

【歴史】

 『朝鮮王朝実録』など韓国の資料によると築城時期は不明。倭寇の侵入に備えるために築城されたとされている。各種調査の結果、現在地表に露出している石垣や堀、虎口などの遺構は壬辰戦争(文禄・慶長の役)以降に朝鮮王朝によって改修された姿と考えられている。
2013年から2024年にかけて測量調査や発掘調査が行われた。華城市によると2025年以降も発掘調査は続くようだ。残存する遺構が評価され、史跡に指定された。

空堀

【遺構】

縄張図(作図:高橋圭也)

 尾根の稜線に沿って高さ1~2mの石塁と幅0.5~5m、深さ0.5~1.5mの空堀がめぐる。傾斜のきついところでは日本の城郭でいう竪堀と登石垣のように等高線に対して直行する石塁と空堀が確認できる。
城の北側では堀が堀切状になっており、さらに北側に堀切や竪堀のような遺構が存在する。
城の西側に虎口と横矢を意図したと思われる張り出し(雉城)が存在する。虎口は枡形虎口(甕城)になっており、発掘調査では楼門が確認されている。張り出しは城外(Ⅶ)と城内(Ⅵ)の高低差がほとんどない地区の守りを固めるために設置されたのだろうか。

遺物

【備考】

 花梁鎮城は虎口が日本の枡形虎口と類似しているという点から倭城の影響を受けた可能性が指摘されている(화성시/한울문화제연구원2020『화량진성Ⅰ』)。
倭城の影響を証明することは難しいが、虎口や堀切状の遺構など日本の城に類似する遺構が多く見られる城郭であることは間違いない。

枡形虎口に酷似

【参考文献】

高橋圭也2025「壬辰戦争以降に倭城が朝鮮王朝の城郭に与えた影響―大韓民国京幾道華城市 花梁鎮城の縄張りを中心に―」『城郭談話会勉強会報告 第3号ー高田徹還暦記念号ー』城郭談話会勉強会
화성시/한울문화제연구원2020『화량진성Ⅰ』
화성시/한울문화제연구원2022『화량진성Ⅱ』
화성시/한울문화제연구원2023『화량진성』

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