はじめに
前回の記事「満州国を歩くー中国に残る日本の城ー」の番外編として、先日訪れた東京での思い出をここに記したい。
東京ステーションホテル
2月某日。私は、東京国際フォーラムで開催されるライブイベントに参加するため、一泊二日の東京旅行をした。しかし、私にはもうひとつ、ひそかな目的があった。東京ステーションホテルでの宿泊である。
というのも、以前友人と奈良ホテルや蒲郡クラシックホテル、日光金谷ホテルを巡って以来、私はすっかりクラシックホテルの魅力に取り憑かれていた。同じ系譜のこのホテルにもいつか泊まりたいと思っていたのだ。

東京駅の改札を出て駅舎の前に立った瞬間、私の脳裏に先の中国旅行の記憶がフラッシュバックした。 かつて満州国の大都市であった奉天の玄関口・奉天駅、現在の瀋陽駅の姿である。

奉天駅は、東京駅と同じく赤レンガと白い石帯をあしらった見事な洋風建築だ。大日本帝国の首都と海を越えた大陸の拠点。二つの駅舎が持つ奇妙な符合に静かな興奮を覚えながら、私は駅舎に向かって右手に位置するホテルのエントランスへと足を踏み入れた。
今回私が案内された客室は、エントランスとは正反対、左手の円形ドーム側に位置していた。東京駅という横長の巨大な建造物のなかにホテルが内包されているため、細長い廊下を延々と歩くことになったのだが、これがなかなかよかった。廊下の壁面に、駅舎とホテルの歩みを伝える古写真や資料が数多く展示されていたのである。

巨大な駅舎の端から端へと続く廊下を歩きながら、一枚、また一枚と展示を追っていく。その中で、私の足をピタリと止めさせたものがあった。 昭和初期の鉄道省のポスターだ。

その壮大な経路図を眺めた瞬間、再び中国旅行の記憶が蘇ってきた。東京から鉄道と船を乗り継いで海を渡り、朝鮮半島を経て満州へ……。日本と満州は遠く離れた別個の存在ではなく、一本のルートで確かに繋がっていたのである。

ライブの開演までは少し時間があったので、国際フォーラムに向かいつつ、少し散策してみることにした。地図アプリを開くと、すぐ近くにGHQが置かれた建物があることが分かった。

現代的なオフィス街のど真ん中に残る歴史の舞台。少しテンションが上がりつつ、国際フォーラムへと向かうと、足元の一角にある石碑が目に入った。そこには「東京府庁舎」と記されていた。
【東京府(とうきょうふ)】 慶応四年(一八六八)江戸を東京と改称して設置された府。明治二二年(一八八九)東京市制施行。昭和一八年(一九四三)東京市と合併して東京都となる。 (出典:精選版日本国語大辞典)
普段、私たちが当たり前のように東京都と呼んでいるこの場所は、かつて東京府であり、大日本帝国の帝都だったのだ。東京には何度も来ているし、国際フォーラムも初めてではなかったが、ほんの数ヶ月前まで日本近代史を全くと言っていいほど知らなかった私には、とても新鮮に感じられた。

軍人会館
翌朝。素晴らしい朝食会場での優雅なひとときを満喫し、すっかり満たされた気分になった。しかし、帰りの新幹線まではまだ少し時間がある。

昨日からすっかり近代史モードに入ってしまった私は「近くに面白そうな建物はないか」と調べ、九段下にある「九段会館テラス」へと向かった。 到着して、建物をふり仰いだ瞬間、思わず心の中で声を上げた。
「うわ……お城だ!」

同時に、私は長春での記憶を強烈に思い出していた。 そう、関東軍司令部だ。
おわりに
東京の九段下と遠く離れた中国・長春。昭和の初めに築かれた二つの城が、私の中でピタリと重なり合ったのだ。ただのライブ遠征のはずが、憧れのホテルをきっかけに、思いがけず壮大な時空の旅となった。


